コロナ禍の最中、”Life is Beautiful”というテーマで何か書かないか、と日頃お世話になっている方からオファーを頂いた。このタイミングに新しいことにチャレンジさせて頂けるのは実にありがたいことだ。

ただ、オファーを頂いた際にはありがたいと浮足立ったものの、のちのち冷静になって考えてみると、そもそもこの”Life is Beautiful”というテーマで何かを書くというのは私にとっては容易では無いことに気づいてしまった。それゆえ、オファーを受けてから筆を取る、正確にいうとスマホのメモ帳に書き出すまでにはエラく時間がかかった。

なぜなら、私は「美」男でもなく、「美しい」生活や生き方をしてきた訳でもない、ごく平凡なアラフィフオヤジに過ぎないからである。むしろ質素に生きてきた部類に入るだろう。だが、こんな私でも唯一「美」を語る時がある。それは私が20代後半より悩みに悩んだ薄毛のことだ。私は普段、「美薄毛研究家」として、美しい薄毛の魅せ方・あり方について考えている。

今回のオファーで私に課せられたことは2つのみである。

1つ目は「美」をテーマとした記事を書くこと、2つ目は「男性向け」の記事を書くことだ。つまり、私自信が「美」というものに向き合わないと話にならない。さして「外見的に美しくもないアラフィフ」で、しかも「不器用に生きてきた」男としては、まあまあの覚悟が要る。

ということで、この場で記事を書くことを通じて、薄毛以外向き合って来なかった「美」というものを私なりに考える場に出来たらと思っている。もちろん、読者の皆さんには記事を通じて、何かしらを感じ取ってもらえたら良いが、そもそもそのレベルのものが書けるかどうか現時点では見えていないので、その辺をご理解頂きながらお付き合い頂けると幸いだ。

「美」というものは、なかなか主観的なものだと思う。

なぜなら、その人が美しいと思えば、対象となるモノ・コト・ヒトは美しいってことになるし、その人が醜いと思えば、例え残りの99人が美しいと言っても醜いことには変わりはない。なので、私がここで書くことが100%「美しい」はずもなく、あくまでも個人の主観でものを書いているに過ぎないことを予め断っておきたい。基本的には書きたいことを書こうと思っているが、もちろんモラルに反するようなことは書くつもりも無いし、その度胸も無い(笑)。

このウェブマガジンは理美容の専門企業から発信されているものだが、残念ながら今のところ、理美容の領域に限定して書くつもりはない。なぜなら、「美」はあらゆるものに宿っていると考えているからだ。美容であれば、アラフィフオヤジは美肌・美顔・美髪・美脚・美尻(エロいか苦笑)という言葉を連想するが(しょうがねえオヤジだ)。”Life is Beautiful”、つまり「人生は美しい」という壮大なテーマを扱うとすれば、美容という限定された領域でカバーしきれそうもないと思うからだ。

先に挙げた美容に関連する言葉以外を考えてみると、「美」がつく単語としては、美意識、美徳、美学、審美眼といった、普段意識しなくともそれぞれの人生の中で養われている言葉もあるだろうし、美味い食べ物、美しい景色、美しい建物も人生には欠かせないだろう。そう、ヒトは意図する、しないに関わらず、「美しい」に惹かれ、追い求めているのだ。周りを見渡せばどれだけ多くの「美」に囲まれて暮らしているかに気づかされる。

しかし、とかく「スピード」や「効率」が重視され、ゴールへの「最短距離(=ショートカット)」が好まれる世の中だ。なかなか「スピード・効率」と「美」はバランスが取りにくい。そもそも簡単に出来上がった、インスタントな「美」はオモロくも無いし、そんなに価値があるとも思えない。

そんな時代に、私がその時々に興味を持ったモノ・コト・ヒトを取り上げて、そこから感じる「美しさ」を勝手に語ってみたい。何をテーマにするかは全くのノープランだ。次回以降、お付き合い頂けるとありがたい。