仕事柄、薄毛に悩まれている方々に接する機会は多い。

その悩まれている方々の殆どは、頭髪が薄くなったことを意識し始めて最初に取った行動として、薄毛になっている部分を残っている髪で隠す・ごまかす、もしくは物理的に増やすということらしい。

かくいう私も20 代後半に頭髪が薄くなってきた際に取った行動は、薄くなっているところに残りの毛を持ってきて、「あるように見せる」ということだった。これはもはや人間の防衛本能と言っていいだろう、わざわざ無いところを見せつける芸風はお笑い芸人くらいしかやらへんのとちゃうんかな、と思う。

薄毛であることをカミングアウト、つまり自分として薄毛を受け容れた今になって冷静に考えてみれば、また、その当時の頭部の写真を見るにつけ、何も隠せていなかったのがよく分かる。隠せていると思い込んでいるのは本人だけ、周りからは何一つ隠せていなかったと思う。

 

 

防衛本能とはいえ、とりあえず、あるもので無い部分を隠す手段を取ったのは、そうすれば元通りに出来る、百歩譲って出来ないにしても「近づける」ことは出来るだろうという、浅はかな考えでやっていたのだろうと思うが、その裏にある感情とは一体なんだったのだろうか?

薄毛になることで味わうことになるのは、日々薄くなる頭部を鏡に見せつけられることで感じる「喪失感」だろう。これまで当たり前に「そこ」にあったものが、消えていくというのは経験した者にしか分からないはずだ。

もう一つ、感情面で見逃せないのは「羞恥心」だろう。髪があった時点では何も感じることがなかったのにも関わらず、髪が失われる過程の中で、カッコ悪い、他の人と比べて少ないということで「劣等感」が喚起され、羞恥心を感じ、結果として自己評価を下げ、「自信」を失わせていくことがままある。

少なくとも私は薄毛を特に意識しだした30 代前半の頃に誘われた同窓会や集まりには一切顔を出すのをやめた。なぜなら、髪のあった頃の私を知っている人達が集まる場に足を運べば、必ず「髪」が話題に上るに違いないと思い込んでいたからである。このように感情がネガティブに回り始めると、行動にさえ影響を及ぼすのが薄毛の悩みが生み出す強烈な「負のエネルギー」である。

話を少し戻そう。

果たして私も髪が表向き回復さえすれば、全てを取り戻せたのだろうか?私はこの問いについてはNO だと思っている。なぜなら、髪を取り戻したとしても、「また失うかもしれない」という感情が常に付きまとう状況は変わらなかったのではないかと考えているからだ。もちろん、100%失わないという科学的根拠があるのであれば精神的な安定は図れるかもしれないが、そう容易なものではないと考えている。

髪が表向き「ある」状態であっても、この「失うかもしれない」という不安の感情を抱えているのが果たして健全な状態であるかどうかについては議論の余地があるのではないだろうか。つまり、髪がまた無くなるかもしれないという気持ちを抱く以上、隠す・増やすは完全無欠な解決策とは言えないということだ。

髪が失われると恥を感じ、自信を失う。

髪を表向き「ある」状態にしたとしても、結局は不安な感情は除去されない。

つまり、どちらの選択をしたとしても、精神衛生上、ポジティブとは言えない状況が待ち受けているということではないだろうか。

では薄毛である我々は何を選択すればよいのだろうか?私はまず髪に対する様々な「思い込み」を変える必要があると考えている。果たして、それらはどんな思い込みなのだろうか?

髪を失うことが「悪い」「醜い」、という思い込み

薄毛である自分は見られている、という思い込み

髪さえ戻れば、自分を取り戻せる、という思い込み

髪さえあれば、仕事も恋愛も上手くいく、という思い込み

などが挙げられるが、まだまだ色々あるだろう。私はこれらの「思い込みから自由になる」こと、そして「失われた自信を回復する」、この両輪が薄毛男性にとって有効な処方箋になるのではないかと考えている。

自信を構成する要素として、

1. 自己評価

2. 行動

3. 自己主張

3 つがあると言われており、これらは互いに関係し合っているとされている。「自己評価」を高めれば、「行動」することも容易になり、「自己主張」もできるようになる。その反対に、「自己主張」ができれば、「行動」もできるようになり、「自己評価」が高まるとされている。

同じ薄毛になっても、ポジティブに受け容れられる人と、そうではない人が存在する理由はなぜだろうか?これは前者が、仮に髪が失われたとしても自分には有り余る能力や長所があるという自己評価をしているのに対し、後者は薄毛になったことで、自分が持っている他の部分も「ダメ」だという自己評価をしてしまっているからだ。

このように薄毛問題を単純に「髪」問題だけに帰結させるのはかなり短絡的で、本質を見誤りかねない。なぜなら、そこには「こころ」の問題が大きく立ちはだかっているからである。だからこそ、「ヘアをデザインする」のと合わせて、「感情をデザインする」ことも重要だということに薄毛当事者も、周囲の人達もそろそろ理解すべき時が来ている、と私は思う。